代替情報が記載されたSDSは、どう読めばいいのか?
2026年4月から、化学品のSDS(安全データシート)で、成分名を「営業秘密」と...
コラム
──結論:化学物質の成分名が営業秘密に当たる場合、一定の有害性の低い物質に限り、安全データシート(以下「SDS」)の成分名(化学名)を「代替化学名」に置き換えて通知できます。
ただし、この特例が認められるのは成分名の通知に限られます。人体に及ぼす作用・応急措置などSDS本体の他の記載事項は代替できません。
令和7年5月14日に公布された「労働安全衛生法及び作業環境測定法の一部を改正する法律」(令和7年法律第33号)により新設されたこの制度を、SDS作成担当者・化学物質管理者が正しく理解するためのポイントを解説します。(2026年7月時点)
この記事の要点
目次
2022年の法令改正以降、労働安全衛生法(以下「安衛法」)に基づくSDS(安全データシート)交付義務の対象物質は大幅に拡大し、厚生労働省資料によると、SDS等による通知対象物は順次追加されており、改正前の674物質から2026年4月には約2,900物質規模に拡大しています。対象物質が増えるほど、化学メーカーにとって「成分名そのものが営業秘密」というケースも増加します。
GHS(Globally Harmonized System of Classification and Labelling of Chemicals:化学品の分類及び表示に関する世界調和システム)は、企業の営業秘密情報の保護に配慮しつつも、労働者の安全衛生を危うくすべきではないという考え方を明記しています。この考え方を国内法に取り込む形で、2025年5月の安衛法改正により代替化学名制度が新設されました。
実務上の取扱いは令和8年2月20日付け施行通達(基発0220第5号)に示されており、同日付で「通知対象物に係る代替化学名等の通知に関する指針」(公示第1号)も発出されています。制度の詳細はこの指針に基づきます。
なお、代替化学名制度の関係規定は2026年4月1日に施行されています(厚生労働省「SDSに記載するための代替化学名等作成マニュアル」2026年3月版)。
※化合物や異性体などを含めた総数として約2,900物質
まず大前提として、代替が認められるのは「成分名(化学名)の通知」のみです。SDS本体に記載すべき人体に及ぼす作用・応急措置・取扱い上の注意・保護具の情報等は、代替の対象外です。これらを誤って省略または代替した場合、安衛法に基づくSDS記載義務を満たさない可能性があります。
成分名の通知に代えて使用できる情報は次の2種類です。
①代替化学名
化学名における成分の構造または構成要素を表す文字の一部を省略し、または置き換えた化学名(安衛法第57条の2第3項)
②代替有害性情報
代替化学名による通知が困難な場合に、成分の人体に及ぼす作用に関する情報を代わりに通知する方法(労働安全衛生規則第34条の2の6の3)
この①②を合わせて「代替化学名等」と呼びます。
なお、ここでいう代替有害性情報は、あくまで「成分名の通知に代えるための情報」であり、SDS本体に記載すべき人体に及ぼす作用や応急措置等の記載を省略・置換できるという意味ではありません。

▲ 図1:SDSの主な記載事項と代替化学名等が適用できる範囲
出典:通知対象物に係る代替化学名等の通知に関する指針(公示第1号)をもとに作成
代替化学名等を使用できるのは、安衛法第57条の2第1項に規定する通知対象物のうち、告示(令和8年厚生労働省告示第42号)で定める次の3つの条件をすべて満たす化学物質の成分に限られます(指針第4)。条件をひとつでも満たさない成分には、正式な化学名を通知する必要があります。
以下の物質は有害性が高く、代替化学名等は使用できません。
次のいずれかに該当する物質には、代替化学名等を使用できません。
当該成分の含有量が、日本産業規格Z7252(GHSに基づく分類方法)に定める濃度限界未満であることが必要です(濃度限界が定められている有害性クラスに該当する場合に限る)。
※ 条件の判断は成分ごとに個別に行う必要があります。混合物の場合は各成分について条件I〜IIIを確認してください。
代替化学名は、化学名を構成する次の4つの要素のうちいずれかを「一般名への置換」または「削除」することで設定します(指針第5の2)。
原則として置換・削除できるのは1要素のみです。ただし、1要素の操作だけでは成分情報が特定されるおそれがある場合に限り、最大2要素までの操作が認められます(指針第5の1)。さらに2要素の操作を行っても特定リスクが残る場合は、代替化学名ではなく「代替有害性情報」の通知に切り替えることができます(指針第5の3)。
いずれも、代替化学名等を通知する場合の指針上の必須対応として定められています。代替化学名等を通知する場合は、SDS上に当該成分が「営業秘密」であることを明示しなければなりません(指針第3の3)。明示がない場合は代替化学名等の使用要件を満たさないため注意が必要です。
また、指針第6の1(1)では、医師(医師による指示を受けた者を含む)が診断・治療のために成分情報の開示を求めた場合、代替化学名等により通知した成分情報を「直ちに開示すること」とされています。そのための緊急連絡先を、化学物質の譲渡提供先に通知することも義務として定められています(指針第6の2)。
代替化学名等の通知を行った者は、その情報を通知の日から5年間保存しなければなりません(指針第7の2)。記録には代替化学名等の内容のほか、関連情報が含まれます。
保存期間中に事業を廃止する場合は、遅滞なく電子メールまたは電磁的記録媒体等により、事業場の所在地を管轄する労働基準監督署長に情報を引き渡すことが求められます。
代替化学名制度を誤りなく運用するために、次の5点を確認してください(2026年6月現在)。
代替化学名の設定は、労働者の安全衛生の確保と営業秘密の保護を両立させる観点から運用すること。
出典:通知対象物に係る代替化学名等の通知に関する指針(公示第1号)第5の4(3)
代替化学名制度は、化学物質管理の自律化が進む中で事業者の営業秘密保護と労働者の安全確保を両立させるために設けられた仕組みです。一方で、適用できる物質・情報の範囲は厳しく限定されており、「成分名以外のSDS記載事項には一切適用できない」という点を、まず押さえておくことが重要です。制度を正しく活用してこそ、営業秘密の保護と労働安全の両立が実現します。
自社の化学物質が対象要件を満たすかの判断や、SDS整備・記録管理体制のご相談はイーバリューまでお気軽にお問い合わせください。
SDS(Safety Data Sheet:安全データシート):安衛法第57条の2に基づき、化学物質の成分・物理的性状・人体に及ぼす作用等の危険性・有害性情報を記載し交付が義務付けられるデータシート。
GHS(Globally Harmonized System of Classification and Labelling of Chemicals):国連が策定した化学品の分類及び表示に関する世界調和システム。日本産業規格Z7252に基づき分類が行われる。
通知対象物:安衛法第57条の2第1項に規定する、SDSの交付等による通知が義務付けられる化学物質の総称。順次追加により、2026年4月時点で約2,900物質規模となる。
・通知対象物に係る代替化学名等の通知に関する指針(公示第1号)(厚生労働省)
・労働安全衛生法及び作業環境測定法の一部を改正する法律等(代替化学名等関係)の施行について(令和8年2月20日付け基発0220第5号)(厚生労働省)
・労働安全衛生法及び作業環境測定法の一部を改正する法律(令和7年法律第33号)
・職場の化学物質管理総合サイト ケミサポ(労働者健康安全機構)https://cheminfo.johas.go.jp/
・厚生労働省「SDSに記載するための代替化学名等作成マニュアル」(2026年3月版)
環境コンサルティング事業部にて、法令実務の相談窓口として、クライアントからの行政提出書類や法令に関する質問対応などを担当。法制度の解釈や運用に関する実務的な助言を通じて、現場での対応力向上を支援している。また、廃棄物管理監査サービスにおいては監査員として全国の排出事業者・処理業者を訪問。帳票類や管理体制の運用状況を確認し、コンプライアンスの観点から現場の評価と改善提案を行うことで、適正処理とリスク低減に寄与している。